供養の形

供養の形

『供養』って言葉で誤魔化されていませんか?

よく葬儀屋さんや霊園などで『良いご供養になります。』とか

これをしないと供養出来ないとか言われますね、、

形に拘る事が供養でしょうか?

お墓や葬儀をしないと供養にならないのでしょうか?

僕はそう思いながらあの子達をお見送りしていません。

僕の考える供養とは 存在を忘れないであげる事、孤独にしない事

形は変わってもいつも 一緒にいてあげる事だと考えています。

肉体から魂が離れ それぞれ家族の心へと移動し ふとした時に存在を感じる事が出来る

時には思い出し、、笑い、泣き、また触れたくなる。

それが本当の供養だと僕は思います。

今のお寺さんは形に拘る供養ばかりな気がします。

お金をいくらかけても どんなに派手な葬儀にしようが 僕が願う供養は 孤独にしないで思い出してくれ忘れないで欲しい供養

そのお手伝い、、それがめるもの考えであり伝える事だと感じています。

提携の解除のご報告

提携の解除のご報告

いままで提携させていただいていました古江中央霊園さまの小さな家族(ペット)に対しての方向性が変わり いままではお墓に入れなくとも 生前 人界に奉仕してくれたお礼として 自由に会場をお借り出来ていましたが、、

この度 以前のスタッフさん全て入れ替わりをキッカケに? お墓に入らないのであればお貸ししないと考え方を変えられました。

とても残念ではありますが、、

めるものあの子達に対する気持ちと形ありき(お墓に入れる前提)はあまりに 悲しみ辛い時に形ばかりに拘るやり方は本意ではありません。

供養と言う言葉でご家族の意思を左右するより 家族とこの子が望む形に寄り添う事が一番だと信じています。

確かにお墓が売れないと維持経営出来ませんが? そこに心が無いのであれば提携する意味は無いと感じます。

しかしながら今まで沢山の子をお見送りし 供養塔へ入っている子達、、

事故に遭ったり 家族のいない野良の子が入っている『めるもの会』の子達

これらは めるももこれからも変わらずお参りし 会いに行くことには変わりません。

これからも めるもは 物として扱わず 形に当てはめたりせず ご家族に あの子達に寄り添い続けます。

merumoの始まり

merumoの始まり

めるもを立ち上げるきっかけは実家で飼っていた 飼育放棄された母犬クマの保護から始まり そのクマから生まれたチビ

この2匹との別れから始まっています。

当時 私もペットの火葬やセレモニーがあることすら知る由もなく、両親の探した同市のペット葬儀屋さんにお願いしました。

それは 人の葬儀とは ほど遠くまるで宅配サービス 荷物を取りにきてクマもチビもそれが最後の別れとなりました。

骨も帰らず そのまま、、、

後に葬儀屋さんが営む供養塔へお参りに行きましたが、、、後悔しかありませでした。

本当に供養塔へクマとチビが入っているか疑問に思えてしょうがないのです。

これが あの子達の現実なのかと哀しみ この後悔がめるもの始まりです。

後悔のないお見送りを出来るようにご家族に寄り添えるペット葬祭を作ろうと今も努力しています。

いつかまたクマとチビに会えますように。

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クマにチビと兄弟

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チビとうちのオカン