お別れ式最後の送る言葉

お別れ式最後の送る言葉

めるもでお見送りさせていただく時に

お別れ式は まず表白を読みます。これは生前 人に尽くし癒しを与えたくれた 労を労い 感謝の言葉と安らぎを祈る文面となっています。

その後 般若心経を読経させていただきます。

締めくくりに必ず次の言葉で終わります。

『虹の橋を渡りまた家族になれますようにお見送りさせていただきます。』

これは この子達が虹の橋🌈の袂で我々 家族が来るまで待ってていてね。

それからみんなで手を繋ぎ 橋を渡り次の転生し、、また家族になろうね。って意味を込めさせていただいています。

そのお手伝い、、ちゃんと迷わず虹の橋の袂までお見送りするのが我々の仕事だと思っています。

ですから 残す事無く拾骨しご家族の元へ、、

最後まで責任を持って送られていただきます。

供養の形

供養の形

『供養』って言葉で誤魔化されていませんか?

よく葬儀屋さんや霊園などで『良いご供養になります。』とか

これをしないと供養出来ないとか言われますね、、

形に拘る事が供養でしょうか?

お墓や葬儀をしないと供養にならないのでしょうか?

僕はそう思いながらあの子達をお見送りしていません。

僕の考える供養とは 存在を忘れないであげる事、孤独にしない事

形は変わってもいつも 一緒にいてあげる事だと考えています。

肉体から魂が離れ それぞれ家族の心へと移動し ふとした時に存在を感じる事が出来る

時には思い出し、、笑い、泣き、また触れたくなる。

それが本当の供養だと僕は思います。

今のお寺さんは形に拘る供養ばかりな気がします。

お金をいくらかけても どんなに派手な葬儀にしようが 僕が願う供養は 孤独にしないで思い出してくれ忘れないで欲しい供養

そのお手伝い、、それがめるもの考えであり伝える事だと感じています。

提携の解除のご報告

提携の解除のご報告

いままで提携させていただいていました古江中央霊園さまの小さな家族(ペット)に対しての方向性が変わり いままではお墓に入れなくとも 生前 人界に奉仕してくれたお礼として 自由に会場をお借り出来ていましたが、、

この度 以前のスタッフさん全て入れ替わりをキッカケに  お墓に入らないのであればお貸ししないと考え方を変えられました。

とても残念ではありますが、、

めるものあの子達に対する気持ちと形ありき(お墓に入れる前提)はあまりに 悲しみ辛い時に形ばかりに拘るやり方は本意ではありません。

供養と言う言葉でご家族の意思を左右するより 家族とこの子が望む形に寄り添う事が一番だと信じています。

確かにお墓が売れないと維持経営出来ませんが  そこに心が無いのであれば提携する意味は無いと感じます。

しかしながら今まで沢山の子をお見送りし 供養塔へ入っている子達、、

事故に遭ったり 家族のいない野良の子が入っている『めるもの会』の子達

これらは めるももこれからも変わらずお参りし 会いに行くことには変わりません。

これからも めるもは 物として扱わず 形に当てはめたりせず ご家族に あの子達に寄り添い続けます。